オオカミの再導入



アメリカのイエローストーン国立公園では絶滅してから70年後の1995年にオオカミが再導入された。そのオオカミの再導入によって生物の多様性が回復しただけでなく、川の流れを安定させ公園の地形までも変化させたという話。

日本におけるオオカミの再導入:
日本オオカミ協会

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朝日新聞より  

東京・九段の靖国神社。猛暑の境内に、濃い灰色のスーツを着た元外交官・東郷和彦氏(69)=京都産業大学教授=の姿があった。

 

「ここに立つと、神道の雰囲気を実感しますね」靖国神社は、戦死した日本軍人・軍属らを「神」としてまつる神社だ。そこに和彦氏の祖父も含まれている。太平洋戦争期に外相を務めた東郷茂徳(1882〜1950)だ。文官である外相がなぜ、まつられているのか。A級戦犯だからである。41年12月、太平洋戦争が始まったときの外相が茂徳だ。敗戦後に戦争指導者として逮捕され、巣鴨プリズン(東京)に収容される。東京裁判(極東国際軍事裁判)で48年、禁錮20年の判決を受けた。2年後、服役中に病死した。67歳だった。茂徳の女婿は外務事務次官だった東郷文彦(1915〜85)で、その息子が外務省条約局長などを務めた和彦氏だ。和彦氏は「3代目」の外交官だった。巣鴨にいた著名な祖父を持つもう一人の人物が、安倍晋三首相(59)である。「お前のじいさんはA級戦犯の容疑者じゃないか」子供のころから言われてきた、と首相は自著で明かしている。そうした言葉への反発から自分は「保守」に親近感を持ったのかもしれない、とも。祖父とは、元首相の岸信介(1896〜1987)である。岸も開戦時の閣僚(商工相)だった。A級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに約3年間、幽閉された。東条英機元首相ら7人の絞首刑が執行された48年12月、不起訴で釈放された。53年の衆院選で政界に復帰。57年に首相の座に就いた。東京裁判は勝者による一方的制裁だ、犯罪人という意識は全くなかった――後に岸はそう語っている。岸の女婿は安倍晋太郎元外相(1924〜91)で、その息子が晋三氏。現首相もまた3代目である。昨年12月、安倍首相は靖国神社に参拝した。同神社には78年に、14人のA級戦犯が合祀(ごうし)された。その後、戦争指導者を神とする神社に首相が参拝することの是非が政治・外交問題となった。合祀された14人の1人が東郷茂徳だ。「遺族として合祀はありがたいことだと思っている」と孫の和彦氏は話す。だが近年は、首相による参拝は一時停止されるべきだと訴えている。「遺族としての情と国益は分けて考えねばならない」という。戦死者の追悼はどうあるべきか、戦後という時代をどう評価するか――孫たちの判断は一様ではない。(編集委員・塩倉裕)

■「戦争責任」自ら見つめる「いざ児等(こら)よ/戦ふ勿(なか)れ/戦はば/勝つべきものぞ/ゆめな忘れそ」巣鴨プリズンで東郷茂徳が詠んだ歌の一つだ。子どもたちに「戦争をしてはいけない」「戦争するなら勝つ戦争でなければならない」と説き、この二つを決して忘れるな、とする。その茂徳の墓は、東京の青山霊園にある。命日にあたる今年7月23日、孫の和彦氏はその前で手を合わせた。「日本は今、中国と戦争になるかもしれないほどの危機に直面している。戦後で最も現実味のある危機だ。祖父の歌があてはまる状況にある」祖父茂徳は、日米開戦の危機が迫った1941年10月、外相に就任した。「米国に勝てる見込みがあるのか」と軍部に反論し、戦争回避に努めたが、日本は真珠湾攻撃に突入する。敗色濃厚になった45年4月、茂徳は再び外相に迎えられる。徹底抗戦・本土決戦を叫ぶ軍部を相手に、早期終戦を主張し、昭和天皇の「聖断」による降伏へと、道を開いた。「帝国主義の時代にあって非軍事主義の外交を追求した点に、茂徳の特徴がある」。戦争史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康氏はそう語る。東京裁判で茂徳は、侵略戦争の指導者責任を問いただす連合国側に、対米開戦は追い込まれた末の自衛戦争だったと応じた。孫の和彦氏は子ども時代、母親から何度もこう聞かされた。「おじいちゃまは戦争にならないよう粉骨砕身、努力したのよ」90年代後半、外務省幹部だった和彦氏は自民党の右派議員から、「外務省はなぜ東京裁判の不当性を批判してこなかったのか」と突き上げられたという。〈東京裁判が勝者の裁きだったことは先生から教えていただかなくてもたたき込まれております〉〈その裁判を受け入れてスタートした戦後日本がどうやって国際社会で生きていくか、それを僕らは一生懸命やっているんじゃないですか〉――そう言い返したい思いを胸に押しとどめた。

■「東京裁判を否定するからこそ…」今月12日。山口県田布施町にある岸信介の墓前に、紺のスーツを着た安倍晋三首相の姿があった。線香をあげ、10秒ほど静かに目を閉じた。岸は戦前、日本が中国に設立した満州国の実力者として頭角を現した。戦後は、巣鴨から釈放後、「憲法改正」をかかげて日本再建連盟を作り、占領軍による「押しつけ」への反発をバネに政界を駆け上がった。岸に詳しい国際政治学者の原彬久(よしひさ)氏は、「占領下で作られた戦後体制は米国の国益の産物だ、と岸は考えた。その体制を打ち破ることが政治家・岸の目標だった」と話す。首相として手がけた安保条約の60年改定では、旧条約の不平等性を改めた。孫の安倍首相も、憲法改正や「対等な日米関係」を前面に押し出す。「安倍さんは、祖父の『未完成交響曲』を遺産相続し、書き上げようとしている」と原氏は見る。安保改定をなしとげた岸について、和彦氏は「尊敬している」という。「安全保障の面では、大胆に戦後を見直そうという安倍首相にも賛同する。だが、歴史認識の面では謙虚さが要ると思う」和彦氏は06年、首相による靖国神社参拝は一時停止すべきだと提言した。小泉純一郎首相の参拝が続き、日中首脳会談がとだえていた。まずは戦争責任についての国民的議論をおこし、そのうえで戦犯合祀(ごうし)問題の解決法を見いだすべきだ、と呼びかけている。では、はたして戦争責任について日本人は戦後、自らの手で考えを提示してきたのだろうか。「1回だけある」と和彦氏は見る。戦後50年にあたる1995年、当時の村山富市首相が発表した談話だ。談話は「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛」を与えたと認め、「痛切な反省の意」と「お詫(わ)びの気持ち」を表明した。「私は、東京裁判を否定するからこそ、日本人が自らの判断で出した村山談話の価値を認めるのです。戦争責任に関しては、村山談話は戦後日本の最高の到達点であり、宝だ」と和彦氏は語った。一方、安倍首相が昨年靖国神社に参拝したことについては、中国を挑発する行為になりかねないと危惧している。あのときは、米国も「失望した」と表明した。「日本が不要に挑発したと見える紛争に自国兵を送るほど米国は甘くない」と和彦氏は言う。  「これは、『文化の戦い』でもある。米国や中国の発想と心理を深く知ったうえで、彼らをして『なるほど』と思わせるメッセージを出さなければいけない。さもないと、日本は国際的に孤立してしまい、その『文化の戦い』に敗北する」(編集委員・塩倉裕)      

◇ 〈東京裁判(極東国際軍事裁判)〉 ドイツの指導者を裁いたニュルンベルク裁判にならって連合国が設置した。裁判官は、米、英、仏、ソ連などの11カ国から各1人の計11人で構成された。1946年5月に開廷し、48年11月の判決では、戦争を指導したA級戦犯25人全員に有罪を宣告。うち東条英機元首相ら7人が絞首刑となった。従来の国際法になかった「平和に対する罪」などの類型が加わったことから、あとからつくられた法で裁くのはおかしい、などの批判がある。原爆投下など連合国の行為は問われず、被告の選定基準にもあいまいさがあった。一方、戦争の残虐な実態や軍部の謀略を明らかにした、戦争というものを裁く国際法の流れの先駆けになった、などの評価もある。日本は、主権を回復したサンフランシスコ講和条約(51年調印)で裁判を受諾した。

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Via BBC

日本のメディアはスルーしてる感があるけど、今日(17日)のBBCではトップ・ニュース扱いだった新防衛大綱。

これからの5年間の買い物リスト。

イージス艦x2
潜水艦x5
水陸両用車x52
F−35x28
オスプレイx17
無人偵察機x3

=23.97 兆円

「内なる天皇制」

朝日新聞より
現在の天皇制を議論する際のタブーの発端とも言える、「風流夢譚事件」とも合わせて考えたい。

戦後約70年が経ち、天皇陛下に対する私たちの意識は変わったと思っていたが、違った。久々に耳にした「不敬」は、私たちは変わったというよりは、天皇についてただ考えなく、語らなくなっているだけなのだと教えてくれる。だから語ってもらおう。かつて憲法1条=天皇をテーマにドキュメンタリーを撮ろうとした、森達也さんに。

――園遊会で山本太郎参院議員が天皇陛下に手紙を渡した件は、参院議長が厳重注意し、落着しました。
「『常識を欠くもので、極めて遺憾』と。しかし常識というのはとても恣意(しい)的な言葉です。何のルールを侵したのか明示されないまま、ペナル ティーが与えられる。極めて日本的なやり方ですっきりしませんね。そもそも手紙を渡すことがどうして『政治利用』になるのでしょう。強いて言うなら『政治 利用未遂』だし、それ以前に、利用するとかされるとか、それこそ天皇に失礼じゃないですか。僕だったら『私はモノじゃない』と言いたくなります」
「騒動後に社会とメディアにあふれた言葉は『政治利用』だけではなく、『非礼』や『失礼』、そして『不敬』でした。この国の『内なる天皇制』はこれほどに強固だったのかと感じ入りました」
――どういうことですか。
「大学の授業で、学生たちに山本さんの行為をどう思うかを聞くと、一様に『失礼だ』『不敬だ』との答えが返ってきました。その表情は真剣です。 『天皇がとても困っているように見えた』とか『手紙を片手で渡すなど失礼だ』などと発言する学生もいました。でも『例えば学生が学長に、あるいは社員が社 長に手紙を渡すことは非礼なのか?』と聞くと『それは違います』と。『ではなぜ天皇に対しては非礼になるのか?』と重ねて聞けば、『確かになぜでしょう ね』ときょとんとしている。彼らは平成生まれです。なのに天皇はタブーに囲まれた特権的な存在だという意識をいつの間にか内面化している。これが『内なる天皇制』です。今の若い世代は権威に従順で空気に感染しやすいので、自然とそうなってしまったのでしょう」
――とはいえ歴史を踏まえれば、天皇の政治利用は許されません。
「そうですね。しかし天皇制の歴史は、時の政治権力に利用され続けてきた歴史ともいえる。その究極がアジア太平洋戦争です。政治利用のリスクを本当に退けたいなら、戦後、天皇制を手放すべきでした。しかしアメリカは日本の占領統治を円滑に進めるために、天皇制を残したほうがいいと考えた。そのために昭和天皇は戦争に積極的ではなく、軍部に利用されただけだという『物語』を強調しました。その副産物がA級戦犯で、天皇制を守るためにA級戦犯に責任を背負わせた。だから昭和天皇も今上天皇も、A級戦犯が合祀(ごうし)されて以来、靖国神社を訪れたことはありません」
「ところが自民党の歴代首相は靖国神社参拝に意欲を見せ、その一方で改憲して天皇を国家元首にしようと。これほど倒錯した政治利用はありませんが、自民党も国民も気づいていない。そのレベルで戦後を過ごしてきたからこそ、山本さんの件では表層的な批判が宙を舞い、『内なる天皇制』や皇室タブーがさらに強化され、本質的な議論がますますしづらくなったと思います」
「今年4月に政府が主催した『主権回復の日』を祝う式典への天皇、皇后の出席が政治利用だと指摘されました。天皇、皇后が退席する際、会場から『天皇陛下万歳』の声がかかり、安倍晋三首相や麻生太郎副総理も万歳したことも批判された。でも話はそこにとどまりません。その後にアップされた政府のインターネットテレビの 動画をみると、なぜか『天皇陛下』の音声だけが消えています。数秒間無音になって、唐突に『万歳』が聞こえてくる。意図的かどうかは別にして、これこそ非 礼でしょう。少なくとも万歳三唱の際の天皇の表情は、山本さんから手紙を渡された時よりも困惑しているように僕には見えました」
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――原発反対の一点で支持され、国会議員になった山本さんが、その原発問題について天皇に「直訴」する。戦後の民主主義とはいったいなんだったのでしょうか。
「民主主義や主権在民という言葉がむなしく響きます。結局は与えられたままになっているということです。その理由の一つは、やはり天皇制にあると思います。統治者と被統治者という緊張関係があるからこそ、被統治者の権利への意識が覚醒し、民主主義は実体化する。しかし日本では、天皇制がその緊張関係に対する緩衝材のような役割を果たしてきました。為政者にとってはとても都合の良いシステムです」
――山本さんの弁明は「この胸の内を、苦悩を、理解してくれるのはこの方しか居ない、との身勝手な敬愛の念と想(おも)いが溢(あふ)れ、お手紙をしたためてしまいました」でした。
「まるで一昔前の恋文ですね。でも考えてみれば、山本さんほど直情径行ではないにせよ、天皇に対する信頼がいま、僕も含め、左派リベラルの間で深まっていると思います」
「きっかけのひとつが、2001年の天皇誕生日に先立って記者会見し『桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています』と語ったことです。さらに10年にも、やはり桓武天皇に触れながら『多くの国から渡来人が移住し、我が国の文化や技術の発展に大きく寄与してきました』と。最初の発言は小泉政権下。日韓関係が冷え込んでいました。2度目の発言は、尖閣諸島沖で中国漁船による衝突問題が起きた1カ月後です」
「04年の園遊会では、当時東京都教育委員だった棋士の米長邦雄氏 が『日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事』と発言したのに対して、『やはり、強制になるということではないことが望ましい』と応じ た。快哉(かいさい)を叫んだ左は多かったと思います。明らかに天皇は一定の意思を示していて、追い詰められるばかりの左にとって最後の希望のような存在 になってしまっている。倒錯しています。でも白状すると、その心性は僕にもあります」
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――権力や権威に常に懐疑の目を向けてきた森さんが、天皇にそんな思いを抱いているとは意外です。
「直感でしかないけれど、人格高潔で信頼できる方だと好感を持っています。そしてそういう自分の心情も含めて、危なっかしいなあとも思います。天皇への依存感情が生まれているわけですから。戦後約70年かけて、また戻ってきちゃったなと」
「政治家も官僚も経営者も私利私欲でしか動いてないが、天皇だけは違う。真に国民のことを考えてくれている。そんな国民からの高い好感と信頼が今の天皇の権威になっていると思います。昭和天皇は 遠い存在でした。遠くて見えないことが、権威の源泉になっていた。しかし今上天皇からは肉声が聞こえるし、表情もうかがえる。だから右だけではなく左も自 分たちに都合よく天皇の言動を解釈し、もてはやす。いわば平成の神格化です。天皇は本来、ここまで近しい存在になってはいけなかったのかもしれませんね」
「そもそも人間は象徴にはなり得ません。ひとりひとり個性があるからです。表情や発言に感情がにじんでしまうことがある。寿命があるから代替わりもする。象徴天皇制は、どんなキャラクターの人が天皇になるかによってその相貌(そうぼう)が変わる、実はとても不安定な制度です」
「天皇が『現人神(あらひとがみ)』のままでは占領統治がうまくいかないと考えたアメリカの意向を受け、昭和天皇は『人間宣言』をし、象徴天皇となった。ここで捩(よじ)れてしまったのです」
■ ■
――ただ、天皇への思い入れが薄い若い世代が増えれば、状況はずいぶん変わってくるでしょう。
「僕もそう思っていましたが、今回、それは違うと気づいた。老若男女を問わず日本人は好きなんですね、『万世一系』という大きな物語が。日本は世界に例をみない特別な国なんだという、インスタントな自己肯定感を与えてくれますから」
「天皇制は、選民思想を誘発します。この国の近代化の原動力の一つは、他のアジア諸国への蔑視であり優越感で、敗戦後もその感情は持続しました。だからこそ原爆を二つ落とされ、首都は焼け野原になって無条件降伏をしたのに、二十数年後には世界第2位の経済大国になった。確かにこれはミラクルです。しかしGDP(国内総生産)は中国に抜かれ、近代化のシンボルである原発で事故が起き、日本は今後間違いなく、ダウンサイジングの時代に入ります。でも、認めたくないんですよ。アジアの中のワン・オブ・ゼムになってしまうことを。ひそかに醸成してきたアジアへの優越感情をどうにも中和できない。その『現実』と『感情』の軋(きし)みが今、ヘイトスピーチや、『万世一系』神話の主役である天皇への好感と期待として表れているのではないでしょうか」
「結局、戦後約70年をかけてもなお、僕たちは天皇制とどう向き合うべきか、きちんとした答えを出せていない。山本さんの軽率な行動は図らずも、このことを明らかにしてくれました」(聞き手・高橋純子)


もりたつや 56年生まれ。明治大学特任教授。98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画「A」を発表。著書に「死刑」「A3」など。

 

Microbes



我々の体の外と内側にいるバクテリアや菌類の細胞の数は我々の体の細胞の約10倍あるらしい。

Charles Fréger

ヨーロッパ各地の伝統儀式で見られる衣装の数々。
by Charles Fréger


three things

which drive Noam Chomsky

1. longing for love
2. search for knowledge
3. unbearable pity for the suffering of mankind

1. 愛への熱望
2. 知の探求
3. 人類の苦しみへの耐えられない哀れみ

War on Working Class

 "The war against working people should be understood to be a real war. It's not a new war. It's an old war. Furthermore it's a perfectly conscious war everywhere, but specifically in the US...which happens to have a highly class-conscious business class.....And they have long seen themselves as fighting a bitter class war, except they don't want anybody else to know about it."

労働者に対する戦争は、本物の戦争として理解されるべきである。これは新しい戦争ではない。これは古い戦争である。さらにこれはあらゆる場所で、しかし特に、階級にとても敏感な労働階級が大勢いるアメリカに於いて、完全に意識されている戦争である。この労働階級は、苦い階級戦争を長い間戦ってきた事を自覚している。しかし、ただ、彼らはこの事を誰にも知られたくない。

-Noam Chomsky

Noam Chomsky on Capitalism

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